1957-02-28 第26回国会 参議院 議院運営委員会 第15号
かつて貴族院書記官長、衆議院書記官長の官舎の一部がありまして、この近くに議長公邸を作れば、将来の計画としてはもっとも適当であるということでお話し合いがまとまりまして、大蔵省当局にも書面をもって再三折衝いたしております。返還になりました暁には、国有財産でありますので、国会、衆参両院の方に移管をしてもらえるという話にまでなっておるわけであります。
かつて貴族院書記官長、衆議院書記官長の官舎の一部がありまして、この近くに議長公邸を作れば、将来の計画としてはもっとも適当であるということでお話し合いがまとまりまして、大蔵省当局にも書面をもって再三折衝いたしております。返還になりました暁には、国有財産でありますので、国会、衆参両院の方に移管をしてもらえるという話にまでなっておるわけであります。
お手元の履歴書で御承知のように大池眞君は、大正十一年三月大学卒業後、農商務属、製鉄所副参事を経て、同十四年四月衆議院書記官兼商工事務官となり、そののち衆議院の課長を歴任、昭和二十年十月衆議院書記官長に任ぜられましたが、同二十二年五月国会法施行により衆議院の初代事務総長となり、昨年十一月辞任するまで、引続いてその職にあったものであります。
有松昇君は、大正十三年東京帝國大学法学部卒業後、内務省に入られ、神奈川、千葉両縣保安課長、警視廳事務官、警視廳監察官、衆議院書記官、兵庫縣内務部商工課長、山梨縣警察部長、警察講習所教頭、北海道及び宮城縣各経済部津、新潟縣勅任経済部長、行政裁判所評定官及び総理廳事務官一級官等を歴任し、昭和二十三年七月衆議院治安及び地方制度委員会單門調査員に任ぜられた方でああります。